世代を越えて受け継がれる
「Kiry(キリー)」
「Kiry’s Muffin Shop」のオーナーの「Kiry」という名前には、オランダから始まる100年以上の歴史が刻まれています。
オランダには、先祖の名前を次の世代が受け継ぐ大切な風習があります。この名前は、オランダの漁師町から始まり、インドネシア、オーストラリア、そして日本へと海を越えて旅をしてきました。
代々「Kiry」の名を継ぎながら、家族はそれぞれの時代、それぞれの場所で、常に新しい挑戦を続けてきたのです。
これは、その物語です。
伝統的な漁村の世代
オランダの漁師町、スヘフェニンゲンは、フィンセント・ファン・ゴッホの『スヘフェニンゲンの海の眺め(1882)』で有名な場所です。
この小さな町で、コネリスと妻のキリー、そして彼らの息子であるコネリス2世の一家は、代々漁業を営んでいました。
漁師の暮らしは厳しく、常に危険と隣り合わせ。
当時のスヘフェニンゲンは、独自の伝統衣装をはじめ、素朴な文化を維持していました。妻のキリーは、家族を支えるためにオランダの伝統的な家庭料理はもちろん、新鮮な海鮮料理を作り、家族の食卓を守っていました。物資が豊かではなかったこの時代において、暖かい食事は、家族にとって大きな心の支えでした。
そして1924年、キリーの孫、キリー2世が誕生しました。
戦争、そして開拓者の世代
成長したキリー2世(以下、キリー)は、第二次世界大戦終結直後に結婚しました。戦後のオランダは深刻な混乱下にあり、結婚からわずか18日後、夫は新天地インドネシアへ単身渡航しました。キリーも後を追い、現地で新しいコミュニティを築き生活を始めました。
しかし、1949年のインドネシア独立に伴う状況の変化に直面し、夫婦は新たな可能性を求めてタスマニアへの移住を決意します。
2人はタスマニアのペンギン村で広大な酪農場の開拓を始めます。キリーは、母国のオランダ料理やインドネシアで覚えたアジア料理に加え、現地の野ウサギなど狩猟で獲られる食材も活用し、家族の食卓を彩りました。
そして、1991年、キリー2世の孫、キリー3世が誕生しました。
旅するルーツ、
そして新たな交流の世代
オーストラリアで生まれたキリー3世(以下、キリー)は、バックパッカーであった母ジャコバの日本への移住に伴い、来日しました。
大学卒業後、日本人男性と結婚し共に中国へ移り住みます。数年後、夫婦は日本へ帰国し、世界のバックパッカーのための宿泊施設を開業しますが、2019年、世界的パンデミック(COVID-19)の影響で人々の交流が分断されます。
そんな中、キリーは「食べる海外旅行」をテーマに京都で「Kiry's Muffin Shop」を開業します。
現在、キリーは自身のルーツを胸に、また母の菓子作りの影響を受けて日々工房でお菓子作りをしています。
2020年には、キリー3世の子として、キリー4世が誕生し、その系譜は未来へと続いていきます。
私達の想い
毎日、工房でマフィンを焼きながら思うこと。
それは、このマフィンを手にした方が「少しでも幸せな気持ちになってくれたら」ということ。
キリーの名とともに代々受け継がれてきた「食で人を支える」という想い。
この歴史とルーツを、マフィンに込めています。
全ての家族、そしてお客様一人ひとりに、特別なストーリーがあります。
何気ない出会いが、大きく未来を変えるかもしれない。だからこそ、私たちはお客様との「出会い」と「交流」を大切にしています。
新しい「出会い」と「交流」を共に
その合言葉は
ハッピー・キリーズ From Australia !
